暗闇がしんどい。
静寂がしんどい。
明日がしんどい。
1人がしんどい。
飯喰うのすらしんどい。
格好つけて気取って偉そうにしてても、中身はだらしなく情けない。
まさかここまで情けない人間だとは思わなかった。
多分判ってたんだ。
虚勢張って誤魔化して。
犠牲になった方はたまったもんじゃない。
手元からスルッと逃げていく。
気付いた時は遅すぎる。
今まで幾度何度「後悔」してきたのか。
悔しくて悲しくて幾らでも涙が溢れてくる。
2004年12月、僕は出会った。
2005年、再会し、みんなで色々出掛けた。
讃岐うどんツアーに行った。
神戸へ行った。そこで彼女といろいろ話した。
そこで彼女は腕時計を買い、お互いにレゴのストラップを買った。
12月、2人で尾道へ行った。瀬戸田でミカンを買い、耕三寺へ行き島なみを
ぐるっと回った。
24日、僕らは付き合い始めた。
2006年1月、生田神社に初詣。牡蠣食い放題にも行った。
4月、僕の誕生日。鳥取~島根と旅行した。
植田正治美術館へ行き、強風の中ジャージーソフトを食べた。
それからも色んなところへ行った。
あまり下調べをしない僕に替わって彼女は一杯調べてくれた。
そして僕はそれが普通に思うようになってしまった。
彼女の好きな雑貨屋さんへ行った。
彼女に花を見る事を教えて貰った。
それまで花だったものが、咲いてるんだ、と思うようになった。
8月はひまわり畑、9月はコスモス。
いろいろ美味しい食べ物屋さんにも行った。
クリスマスは神戸で買い物をして、また香川にも行った。
毎年年末は東京に行く僕を彼女は夜勤明けなのに迎えに来てくれて
空港まで送ってくれた。
2007年3月、彼女の誕生日に京都旅行。
4月は僕の誕生日に愛媛。温泉旅行をプレゼントしてくれた。
5月はみんなで岩国旅行。
今思い返すと、この頃から彼女と一緒に写真を撮る事が減ってきてた。
11月、小豆島。
彼女の写真が1枚も無かった・・・。
12月、クリスマス、京都旅行。
伏見稲荷の千本鳥居。
お互い鳥居を進む写真がある。まるで僕は右、彼女は左、に見える。
2008年1月、淡路へ遊びに行き、完熟玉葱に感激した。
3月の誕生日。彼女が前から希望してた宍道湖温泉。
喜んでいてくれてただろうか・・。
4月の僕の誕生日。
彼女は髪を切っていた。それが短くしたね、程度だった自分が。
その日最後の桜を観ることが出来た。
だけど僕は何故かこの日、1日イライラして刺々しかった。
何故か焦ってた。
助手席で彼女はため息をついた。それが僕を余計焦らせた。
でも彼女はお昼食べた時何時ものように「美味しいね」と言い
何時ものように笑顔を見せてくれた。
そして単純な僕は何時もの彼女だと思った。
彼女はあの腕時計をして来た。
始めて一緒に買い物した時の腕時計を。
普段滅多にと言うかまず腕時計はしない彼女が。
「これ、重いんだよね。」
そう言って差し出してきた時計を素っ気なく返事した記憶がある。
槇原敬之の「answer」が頭を過ぎった。
何時も別れた後、メールが来てた。「お疲れ様」と。
この日はそれが無かった。僕からメールした。
返事は返ってきた。
これを最後に、ちょっとの間、彼女からメールが来なくなった。
「ここんとこ忙しい」
そのせいだと想って、僕は待っていた。その間、新しく買い換えたカメラを持って
僕は写真撮りまくって1人浮かれていた。
1人鬼ノ城へ登り写真を撮って彼女にメールした。
綺麗でしょ、凄いでしょって、浮かれて。
彼女はそうじゃなかったのに。根拠の無い安心感を持ったまま僕は。
前々から感じていた「何か」はあった。
でも僕は「大丈夫だ」と思っていた。
なんで?ずっと彼女は僕を好きで居てくれるから?根拠は?
彼女はメールの中で「辛かった」事を書いていた。
辛かったんだよ、辛かったんだ。
無理して笑ってくれてたんだよ。何勘違いしてんだよ!
「私が悪いんです。自分を責めないでください。」
この期に及んでも彼女は気遣いをしてくれてる。
そして僕は自分自身がとことん嫌になった。
前の日、寝返りうった時ピアスが引き抜けて飛んでいった。激痛だった。
この痛みはそれだったのかもしれない。
しんどくてしんどくて吐き出した。
それを知った友人達ははみんな励ましてくれた。
気を遣ってくれた。
それに応えなければならない。大丈夫です、と。
毎日、夜になると勝手に涙が流れて止まらない。情けなくてしょうがない。
毎晩呑んでも酔わない。気分が余計滅入るだけ。
暫く無理。
何を心の糧に生きていけば良いのか判らない。
大袈裟?この期に及んでまだ格好つけてる?
失ったものは強烈にデカイ。
ただ悔やみ涙が止まらない。
ありがとう。
それしか言えない。
ありがとう。
それでももう一度やり直せないかとまだ思ってるどうしようもない自分がここに居る。
<<続きを隠す